きらきらひかる




 「…また柊ったら星見てるのね。」
 「これはこれは。…もうお休みになられているかと思いましたのに。」

 ビルや塔、家々の明かりが灯っていたあの世界とは違い、中つ国は夜となると真の静寂に包まれる。
 日が落ちれば人間は眠りにつく。それが当たり前であるこの世界では、夜に灯る物は殆どない。
 何となく寝付けないままでいた千尋が、天鳥船の自室を抜け出し、気分転換をしようと足を向けた堅庭には先客がいた。
 彼が同行してからというもの、時折夜に1人夜空を見上げている姿を度々見てきた千尋は、ついそんな言葉を掛けてしまう。
 此処で見つかってしまっては、抜け出した意味もないというのに。
 はっと我に返って口を両手で押さえるも、時既に遅し。先客はゆるりと振り返ると、穏やかな笑みと共にそう返して来た。
 けれど、その言葉に、声に、責める意図は感じられない。

 「…うん、どうも寝付けなかったから。風に当たろうかなって思って。」
 それに少し安堵しながら、千尋は柊の元へ歩み寄って行った。
 一歩、一歩、と進むたび、その視線は彼から天へと移り変わる。そうして、広がる満天の星空に「わぁ…」と感嘆の声を小さく上げた。
 「やっぱり、豊葦原では星が綺麗に見えるね。」
 「我が君のいらっしゃった世界では、違ったのですか?」
 「うん、大きい建物がいっぱいあるし、夜になったらネオンとか眩しいし、ね。」
 「ねおん、ですか。」
 「…うーん…、柊に会ったのは夕方だったものね。どう説明したらいいんだろう…。…とにかく、明るいのよ。夜になっても。」
 この世界では聞き慣れない言葉に柊が小首を傾げると、千尋はまた我に返るなり、どう説明したらいいやらと考え込みながら言葉にする。が、矢張り上手く言葉が出てこない。
 コロコロと変わる千尋の表情に、ついに堪えきれなくなったのか。柊は小さく笑い声を零した。
 「柊!」
 「申し訳ありません。我が君があまりにも可愛らしかったので、つい…」
 非難するように名を呼んでも、何時でも彼はこうして、恥ずかしげも無く口にするのだ。
 よくもまぁ、毎度毎度こんなことが口をついて出るものだと千尋は感心する。
 「しかし、そうですね。―――確かに、地に光が溢れていては、天の輝きも薄くなってしまいますね。」
 言いたかったことが全て上手く伝わったかは判らない。けれど、柊はそう言って頷くと、再びその視線を天へと向けた。
 天に咲く光はどれも弱い。月の光は、その光達の中では別格だろうが、それでも太陽には敵わない。

 ―――強い光には、敵わない。

 「あ!」
 一旦、思考に沈みかけた柊を浮上させたのは、驚きとも喜びとも取れる千尋の声だった。
 何事かと彼女の方を見遣れば、千尋は両手を組み熱心に祈っている。
 そのあまりの熱心さに、声を掛けるのも憚られた。
 「―――何を、祈っておられたのですか。」
 やっと千尋の瞼が上がった時、柊は笑みを混じらせ問う。
 すると、千尋は目を丸くして何度も瞬かせた。
 「…ひょっとして、柊見てなかった?あの流れ星。」
 言って、彼女は天を指差す。だが、流れてしまった星が柊の瞳に映るはずはなく、ただ満天の星々が広がるばかりだ。
 「…我が君がいらしていた世界では、流れる星に祈る風習がおありなのですか?」
 「…風習、とはちょっと違うかな。昔から言い伝えられてるおまじないみたいなものなのかも。あのね、流れ星が消えるまでにお願いをすると、叶うって言われてるのよ。」
 「成る程…。天を流れる星に願うとは…中々面白い願掛けですね。」
 「やっぱり、こっちにはないのかな…。」
 この5年間暮らして来た世界。それは、微かな違和感を千尋に与えはしたが、それでもこうして離れてみると判る。その世界の風習や行事、こうした願掛けすら染み付いてしまっていることに。
 曇ってしまった千尋の表情に、柊は1つ息を吐いた。
 「申し訳ございません。私は、願掛けとは縁が遠いもので…。もしかしたら、それに近いものがあるのかもしれませんが。」

 願掛けなど、生まれてこの方したことが無かった。だから興味が湧かなかっただけなのかもしれない。柊にとって、星はあくまで詠むものに過ぎなかった。
 それに、願ったところで運命は決まっている。それに抗えると思った時もあった。少なくとも、あの時、あの瞬間までは。
 だから知っている。願ったところで、それは無意味なのだと。

 「謝らないで。似てるとは言っても、やっぱり世界が違うんだもの。それに、叶わないって決まったわけじゃないし。」
 決まったわけじゃない。そう言った千尋の表情は自信に満ちていて、柊は一瞬言葉を失った。
 もう既に自分は失ってしまっているものが、目の前にある。
 「―――貴方は、信じておられるのですか。」
 「…どうだろう。でもね、完全に星が叶えてくれるとは思わない。最後は自分の力でやるしかないって思ってる。」
 あくまで、願掛けは自分の目標を認識するものなのだと。そう続けてから、彼女は言った。
 「だから、叶えるよ。絶対に中つ国を取り戻してみせる。」
 そして、皆が幸せに暮らせる国にしてみせる。
 そう、決意を新たにする千尋に、柊は隻眼を細めさせた。

 それがどんなに、彼女にとって辛い道となるかを柊は知っている。その中で、どれだけ傷つき悲しむか。
 けれど彼女は前に進むのだろう。既定伝承があろうとお構い無しに。



 だからこそ、自分に出来る最善の策―――



 「――そろそろお休みください。もう月も随分傾いております。明日に響いてしまう。」
 「…うん、そうね。」
 話し込んだつもりはなかったものの、ふと仰ぎ見た月の傾きに柊は苦く笑って促した。
 その促しに、一度は頷いたものの。「貴方はどうするの」と言わんばかりに、千尋は首を傾げさせる。
 口にせずとも十分伝わったか、柊はただ首を左右に振るのみを答えとする。そして、千尋もそれ以上はしなかった。
 何処か、柊が拒絶をしているように思えて仕方がなかった。

 扉の付近で小さく手を振り、「おやすみなさい」と小声で挨拶する千尋に軽く会釈を返すと、柊は再び満天の星々を仰ぎ見る。
 それが映し出す未来。伝承に記された未来―――。

 決定付けられた未来の中で、変えられるのは些細なことだけ。
 けれど、それであの少女が望む未来を掴めるのならば。

 願いはしない。口にする必要もない。
 ただ、只管に歩むだけだ。
 彼女の影となって、彼女を勝利へと導くそのために。

七夕が近かったこともあり、勢いで書いたら七夕というテーマから大いに外れました。…あれ?
しかも柊×千と銘打っておきながらこの有様です。甘さって何ですか…!!!
《初出:08/07/07》

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