さくら さくら「今年も綺麗に咲きましたね。」 「絶好の花見日和だな。後で師君に提案してみるか?」 「いいですねぇ。師君のことですから、きっと喜ぶでしょうし。」 岩長姫から任された件を片付けた帰り、咲き誇る桜の下で思わず3人はのんびりと喋りながら歩いていた。 多少感じていた疲労も、満開の桜を見れば癒されるようで。3人の表情はとても穏やかなものだ。 「……おや?あれは………」 が、ふと何かに気付いた柊が足を止める。 「…ん?どうした、柊。」 「いえ…。珍しいと思いまして。」 「え?」 立ち止まった柊に遅れる形で、前を歩いていた羽張彦と風早もその足を止めた。 振り返り、どうしたのかと尋ねれば、柊はそれだけ答えてから目でその先を示す。 意味も判らずに、2人は柊の視線の先へと目を向けた。 柊の視線の向こう。川を超えた先に、見覚えのある小さな姿があった。 数ヶ月前に岩長姫を尋ねてやって来た少年――葛城 忍人。 何時もであれば、岩長姫の元で只管鍛錬に明け暮れているその彼が、一本の桜の木の下でただ立ち尽くしていた。 手には木刀が握られている。鍛錬をしていたのは、ほぼ間違いはない。 けれど。 その目はただ、見事に咲き誇る桜を見詰めている。 3人との距離は、さほどない。川の流れによって多少声や足音が遮られるとしても、常の彼なら気付くだろう距離だ。 その彼が、こちらに気付く様子はない。 何より、その瞳が印象的だった。 まだ幼い顔立ちに似合わない、切なげで苦しげで、それでいて暖かさを感じさせる瞳だったのだ。 「…お家でも恋しくなっちまったのか?」 顎に手をやり、羽張彦は神妙な顔で呟く。だがそれはきっと違うのだろうと、風早も柊も、口にした当人ですらも思った。 彼の表情は、家を想うというよりももっと…。 「やれやれ……」 「…、って、おい。柊!」 業を煮やしたらしい柊が大きな溜息をつき、歩き出す。忍人の佇む方へと。 それに気付き、留めようとし上げた羽張彦の声にすらも、忍人はまだ気付いていないようだった。 「桜の精に惑わされてしまいましたか?忍人。」 一向に気付く様子がない忍人に、内心溜息を吐きながら柊は声を掛ける。すると、そこでやっと気付いたかのように、急な声掛けに驚いたように忍人は振り返った。 「―――っ、……柊?…羽張彦に、風早も。もう戻って来たのか。」 素直に驚き、目を真ん丸くして3人を交互に見詰めると、忍人は軽く頚を傾げさせる。 その様子に、思わず風早と羽張彦は顔を見合わせ、そして小さく肩を竦めさせた。 「…これは、重症だね。」 「?…何のことだ?」 風早の漏らした呟きにも、何のことだかまるで見当がつかないらしい。ただただ、兄弟子達を不思議そうな顔で見上げるだけだ。 そんな忍人の姿に、羽張彦がにぃっと口端を吊り上げた。 「無理するなよ忍人。寂しかったらお兄ちゃん達が何時だって話聞いてやるからさ。」 おもむろに手を伸ばすと、まだまだ小さい忍人の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で付ける。 まるで子ども扱いなそれに、忍人の表情は驚きから怒りへと見る見るうちに変化していった。 「…っ!また貴方は俺を…!!」 何とかその手から逃れようとする忍人だが、羽張彦はそれを許してくれないようだ。 益々ムキになる忍人と、明らかに面白がっている羽張彦の姿。それすら面白いのか柊は止めることもなく、ただ笑っている。 見兼ねた風早が仲裁に入るまで、そんな他愛もないやり取りが繰り広げられていた。 太陽が、沈みかけている。 柊と羽張彦はあの後、怒る忍人から逃れるように先に岩長姫の元へと戻ってしまった。 今頃報告がてらに、花見の件を早速提案しているのだろう。 そして、風早と忍人といえば。 あの後、案の定不機嫌になってしまった忍人の気を紛らわす為に、風早が稽古をつけていたのだ。 その甲斐もあってか、忍人の様子は常と変わらなくなっていた。 「…何時か」 夕暮れの中、帰路につく2人に会話はあまり無かった。 元々、忍人は無駄なことは喋りたがらない。 それに加え、何かを考えている様子だった。そんな時、風早は無理に聞き出そうとはしない。 そんな忍人が、不意にその足を止めてぽつりと。独り言かと聞き間違える程の小さな声で零した。 何かを確かめようとするかのような言葉の響きに、風早もその足を止める。 「………?」 「あそこで約束した気がするんだ。大事な約束を。…だが…」 果たせなかった。そう忍人が口にするよりも早く。 「そうか…」 そうとだけ呟いて、風早は目を伏せた。 そんな反応を返されるとは思ってもみなかったのか、忍人は驚いた様子で兄弟子を見上げる。 羽張彦や柊に話せば、どう言われるかなんて容易に想像が出来た。そして、この兄弟子もまた、冗談の類が嫌いではないことも。 だから、意外だった。自分でもらしくないと思っているのに、彼はそれを否定しない。 「―――笑わないんだな。」 笑われるかと思った。そう言いたげな表情に、風早は苦笑いを零す。 「あまりに、桜を見ている君が真剣だったからね。それに、寂しそうだったから。」 「………そう、だったのか。」 そんな表情をしていたのだろうかと、思わず忍人は顎へと手を遣る。 最初は、ただ。ただ何となく咲き誇る桜へ視線を移した。ただそれだけだった。 けれど、何か忘れていることがあった。 果たせなかった約束。 誰と交わしたものかも覚えていなければ、何時交わしたかすら覚えていない。そんなあやふやな約束なのに。 何故か、どうしようもないほどに。胸が苦しくなった。 「―――忍人」 「………?」 再び思考に落ちそうになる忍人に、風早は声を掛ける。 何だと言いたげに視線を持ち上げる忍人へ、風早はただ微笑んだ。 「何時か、果たせるといいね。その約束。きっと相手も喜ぶよ。」 そうして告げた言葉に、少し驚いたように忍人は目を丸くさせて―― そして 「……ああ、そうだな。」 浅く頷くと、優しく笑った。 蘇るのは、嬉しそうな声と、微笑む少女の姿。 それはぼやけていて、鮮明には思い浮かべることが出来ない。 だけれど、何故か。何故だか、彼女が嬉しそうに微笑んでいたのは判った。 何故こんなにも、会いたいと思うのだろう。 何故こんなにも、傍にいたいと思うのだろう。 まだ見ぬ、名も知らぬ存在に。 |
まさかループしているとは思っていなかったので、忍人ルートから孤高の終章やった時は驚きました。
記憶継承って逆に切なくないか…!?と思ったらこんな過去話に。 毎日のやり取りとか想像すると何とも微笑ましいよ同門…。 《初出:08/07/12》 プラウザの「戻る」ボタンでお戻りください。 |