確かな幸せ「…千尋。」 遠く聞こえる声に、千尋はゆっくりと瞼を持ち上げた。 ぼんやりと視界に映り込むのは、中つ国の中心である橿原宮。 そして、先程声がした方へ。自分の右隣へと視線を移すと、穏やかに笑む忍人の姿があった。 「…すまないな。疲れている様子だったから、起こしてしまうのは悪いと思ったんだが。」 あくまで優しく響く彼の言葉に、千尋は思い出す。 執務に追われる日々はまだ続いていて、あの時2人で桜を見に行って以降、満足に息抜きも出来なかった。 千尋を何時も手伝ってくれる官人は、何度も息抜きすることを勧めてくれたのだが。 頻繁に休むのも悪いような気がして、千尋はずっと執務に明け暮れていたのだ。 そして、今日。職務の合間を縫って忍人からの誘いがあったのだ。 橿原宮よりあまり離れていない、三輪山に行かないかと。 あれ以来2人で出掛けることなどなかったから、千尋は喜んで承諾した。 あの後の忍人と官人とのやり取りを見るに、恐らく官人達にも頼まれていたのかもしれない。 そうして、三輪山まで歩いた。 宮の人達との話、村の収穫の話。次々と語る千尋に、口数は少なかったけれど、忍人は聞いていてくれた。 それでも、 「折角の息抜きだというのに、国の心配ばかりしていては息抜きにならないだろう。」 と呆れられてしまったのだけど。 三輪山からは、橿原宮が一望出来る。 恐らくそれを知っていて、忍人は千尋を連れ出したのかもしれなかった。 木に凭れるように腰を下ろし、他愛も無い言葉を幾つも幾つも交わして―――― そうこうしている内に、眠ってしまったらしい。しかも、忍人に寄りかかる形で。 「…わ!ご、ごめんなさい…!折角誘ってくれたのに…」 折角連れて来てくれたというのに眠ってしまっていたという負い目と、彼に寄り掛かって眠ってしまっていたという気恥ずかしさに、千尋は頬を赤くしながら、身を起こす。 温もりが離れていくのに少し名残惜しさを感じながらも、忍人は首を横に振った。 「いや。…君の頑張りは知っているからな。無理もない。それに………」 「………?」 「……君の寝顔など、中々見れるものでもないから。」 「え?」 「…なんでもない。」 聞き取れなかった言葉を促しても、彼はそう言って千尋から視線をついと逸らしてしまった。そうして、橙に染まる空を見上げてから、千尋へと顔を戻す。 「…もう直ぐ日も暮れる。承諾を得て来ているとはいえ、これ以上遅くなっては心配を掛けてしまうだろう。戻るぞ。」 真剣な表情に、少し名残惜しさを残しながら。彼はそう紡ぐとゆっくりと立ち上がった。そんな彼の仕草につられ視線を動かす千尋に、忍人はおもむろに手を差し伸べる。 「あ……、はい。……?」 差し伸べられた手に少しだけ驚いたように目を瞬かせたものの、千尋はその手に手を重ね立ち上がった。すると、重ねた手を握られたのが解って、千尋は弾かれたように忍人を見上げた。 千尋の視線を真っ向から受けている忍人の表情は、穏やかだ。けれど、頬に少し朱が差しているように見えるのは、この夕暮れのせいだろうか。 そんな忍人の姿に、自然と千尋の表情にも微笑が広がった。くすぐったい思いのまま、握られた手を握り返す。 気恥ずかしさと、心地良い幸せ。 それを感じながら、2人は山を降り帰って行った。 まだ復興したばかりの国。為すべきことは山程ある。けれどそれも、彼が側にいてくれるなら。こうして、手を繋いでくれるなら。 手を繋いで、歩く。 それがこんなにも、こんなにも幸せなことだなんて思ってもみなかった。 |
忍人ルートから大団円忍人END見ると「もうお前等ほんと幸せになれよ……!!!!」と切願状態です。
幸せな話が書きたいとか、ラブラブな2人が見たいとか思いつつ、忍人ルートでの2人を想像するに、展開が遅そうなんだよなこの2人…。 でもいいや!そんなじれったい2人も好きだから! 橿原宮の人達は2人のじれったさに何時の間にかキューピットな心意気になってもらいたい!(謎) 《初出:08/07/13》 プラウザの「戻る」ボタンでお戻りください。 |