予感




 「………増えてきたな…。」
 頬に走った赤を拭いながら、那岐は小さく呟くと舌打ちを零した。
 夕暮れに染まる街並が一望出来る山、木々が生い茂るその奥深く。
 平和な街並には似合わない光景を目の前にしながら、那岐は平然としていた。
 目の前には、横たわる獣の亡骸。だがその亡骸は、徐々に透けて消えていく。
 それを見詰める那岐の瞳はただ冷たく、眉はきつく顰められていた。
 それは、頬に出来た傷の痛みによるものではなく―――

 ……戻れって言うのか?冗談じゃない。

 この世界に逃れて来てから、度々荒魂の気配を感じた。その度に、共に逃れてきた風早と手分けをして戦ってきた。
 だが、最近。この一月の内に、荒魂の出現する頻度が明らかに高くなって来ている。
 何かを求めるかのように。
 それは、風早も当然気がついているだろう。
 一見のんびりとしているようだが、彼は鋭いところがある。
 この異変に、自分が気付けて風早が気付けていないはずはないと那岐は確信していた。

 何か、言いようのない何かが、自分達を飲み込もうとしているかのようだ。
 この5年の期間を、この温かな世界で過ごして来た那岐達を―――いいや。

 「……今更戻って、どうなるっていうんだ。」

 あの国の二ノ姫である、千尋を。

 こうして荒魂と闘う度に思う。結界を強める度に、気配を感じる度に。
 どうして放って置いてくれないのかと。
 彼女は今、この世界で平穏に暮らしている。それでいい。それが一番、彼女にとっては良い。
 幼い頃から、あの外見のせいで宮の者達に受け入れてもらえていなかったことを、那岐は風早から聞いていた。
 宮の者達がどんなに汚い人間であったかも、那岐は十分すぎる程に知っている。それに散々、師匠は苦しめられてきたのだ。
 その者達がどうなったかは解らない。あの戦火の中、命を落としたのかもしれない。ひょっとしたら、生き延びた者達もいるだろう。
 そして国に生きる全ての人達が今、どんな生活をしているか。
 いまだ、あの地は戦禍の中にあるのか。
 気にならないと言ったら嘘になる。
 けれど。


 普通の女の子のままでいさせてやりたいのだ。国のことに縛られない、この世界で。
 薄々、彼女も違和感を感じているようだけれど。
 このまま、何も知らないまま。何も思い出さないまま――――。


 絶対なんてないことは知っている。
 彼女の記憶が、永遠に閉ざされたままであるはずもないと、解っている。
 けれど、それでも。


 睨み付けた空は、ただただ穏やかなままだった。


序章といい、1章といい、那岐のあの中つ国への未練のなさはどうしてだろうと思ってましたがプレイして納得しました。
本当は過去話も書きたいんですが、如何せん……。想像をフルに働かせろということか…?そうなのか?
《初出:08/07/17》

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