嘲笑う未来




 常世の国の外れ、木々が生い茂る中に突然荒地が広がっていた。大きな力が猛威を振るった跡だろうか、木々は倒され、大地は削られ、その姿を晒している。
 周囲は、嵐が去った後のような静寂に包まれていた。
 その静寂の中、柊はただ佇んでいた。彼の右目には、布が巻かれている。だが、血が滲んでいるのかその布は赤く染まりつつあった。そして柊の前には、血と土埃に塗れ既に命が途絶えた友の亡骸が横たわっている。
 彼がいつも手にしていた得物を傍らに置き、側から身を引くと、柊は火を起こし彼の周囲に撒いた枯葉へ火を点けた。
 次第に大きくなる火が彼を包んでいく。その様子を見詰める柊の瞳からも表情からも、何の感情も読み取ることはできなかった。

 抗おうとした未来。
 築こうとした未来。
 その結果が、これだ。



 彼女が最も愛した人の命は、神の放った力から彼女を守る為に散った。
 彼が最も愛した人の命は、神を封じるそのための贄となり、消えた。

 せめて。
 彼女の亡骸が残っていれば。彼女の遺品が残っていれば。
 共に、死後の世界で在れるように。願えたというのに。

 消え行く彼女を留めようとした手は、何も掴むことが出来なかった。
 最期、消える刹那。彼女が口にした言葉は聞き取れなかった。けれど、彼女の唇の動きは確かにこう紡いでいた。

 『羽張彦』と。




 星の巡りも、既定伝承も、抗えぬ未来を告げていた。2人が死に、そして柊は右目を失うこと。
 けれど、それに抗ってでも作りたかった。築きたかった。信じたかった。
 その先にある新しい未来を。
 星の巡りにも、既定伝承にも見ることがない未来を。
 2人が死ぬことのない未来を目指したはずだった。
 例え、星の巡りがその未来を示さずとも、既定伝承に記されていなくとも。
 2人が結ばれる未来を。常世も豊葦原も平穏であれる未来を。

 けれど、その結末は何も変わらなかった。
 変えることが出来なかった。

 愚か者。
 所詮、人の為す事だ。
 小さな存在であるお前達に、未来が変えられるわけがない。
 この大きな流れは、止めることなど出来ぬ。

 瞬く星が、そう言っている気がした。

 「……ふふ……っ、はははははっ…」

 初めて、そこで初めて柊の表情に感情が宿った。
 口端を歪ませ、隻眼は笑みに細まる。

 なんと愚かなことだろう。
 そう思うと、笑いしか出て来なかった。笑うしかなかった。
 己の愚かさに。
 そうでもしなければ、気が狂ってしまいそうだった。
 2人を失った哀しみと、胸に湧く激しい怒りで。





 「――――………夢、でしたか。」
 船の者も殆どが眠りに落ちた時間、最早そこで時間を過ごすことが当たり前となっている書庫で、柊は目を覚ました。
 膝の上には、既定伝承の記された竹簡がある。読み耽っている間に、眠ってしまっていたらしい。
 昔の夢。苦しくなるほどに鮮明なその記憶は、未だ薄れることはない。
 自分が犯した、大罪であるから。
 「………姫」
 思い浮かべたのは、5年の歳月を経てこの世界に降り立ったあの少女の姿だった。
 過去を告白した柊に、「姉様と一緒に戦ってくれてありがとう。」と微笑んでくれた、彼女。
 「…嫌ってくれた方が、良かったのですが。」
 呟くと、柊は苦く笑いを零した。
 そう、責められたほうが良かった。そして、嫌ってくれたら良かった。
 彼女が向けてくれる信頼は、とても温かい。だからこそ、苦しくなる。
 叶うはずもない想いを、抱いてしまうから。
 彼女の未来をもっと見たいと、彼女の傍にいたいと、願ってしまうから。
 再び竹簡へ視線を落とした柊は、小さくかぶりを振った。


 膝の上に開かれたままの竹簡が示す未来は、そう願うことも無意味だと嘲笑っているようだった。


羽張彦と一ノ姫を失った直後の柊を考えると切なくて仕方ありませ…。
以降心を凍らせたつもりでも、やっぱり完全には凍らせられてないのが柊の愛しいところです。

《初出:08/07/21》

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